02


「何でそれで泣くんだ」

俺は玄関で泣き始めたオトウトをリビングのソファーまで連れていき話を聞く。

あのまま玄関にいたんじゃ外に聞こえるし、人が来たらまずいからな。

オトウトはティッシュで鼻をかみながら涙声で言う。

「…オレ、本当は先輩と兄弟になんの嫌だった」

そう言われ俺はショックを受けたが表面には出さなかった。

「でも、父さんが先輩の母親といると嬉しそうにしてたから…」

「お前は父親に再婚してほしくなかったのか?」

俺の言葉にオトウトは首を横に振る。

「そうじゃなくて…、オレ、本気で先輩が好きで…兄弟になったら弟としてしか見てもらえないんじゃないかって、思って…。実際にそうだし…」

うるっとまた目尻に涙を溜めてオトウトは言う。

「はぁ〜、わかったから泣きやめ」

ため息を一つ吐き、俺は頭をがしがしとかいて困った顔で言った。

俺って人に泣かれるとどうしていいか分かんないんだよ。

「ううっ…じゃぁ、オレのこと弟じゃなくて一人の男として見てくれる?」

赤く染まった目元に潤んだ大きな瞳で、ちろっと上目使いで俺を見てくるオトウトはそりゃもう可愛かった。

しかし、俺は微かに速まった動悸を気のせいにして言う。

「それは無理だ。第一、兄弟以前に俺とお前は男だ」

「じゃぁ、オレが女だったら付き合ってくれる?」

「………まぁ、考えてやる」

とりあえず無難だと思われる返事を俺は返した。

まっ、ここまで言えば諦めるだろ。性転換しなきゃ女に何てなれねぇし、こいつだってそこまではしないだろ。

オトウトはごそごそと制服のポケットに手を突っ込み、赤い液体の入った小瓶を取り出し俺の目の前にかざすとにっこり笑った。

「よかった。これもらっといて」

「何だよそれ」

気味が悪いくらい真っ赤な液体を見つめて俺は瓶のコルクを抜いているオトウトに聞く。

「これはね、魔術部の後輩が面白半分でつくった性転換の薬。これでオレが女になったら約束通りオレと付き合ってね先輩」

俺はその禍禍しい液体を飲み干そうと小瓶を傾けたオトウトの手をとっさに掴んで瓶を奪うと、ソファーの後ろに投げ捨てた。

「あぁっ!!」

「んな怪しいもん口にすんな!!」

投げ捨てられた瓶は割れ、中身は床にぶちまけられた。

それを見てオトウトは叫ぶ。

「酷いっ!!そんなにオレが嫌いなの!?」

「そうじゃない、あんな怪しいもんを口に入れんなって言ってんだ!!」

こいつ本気であの変な液体飲もうとしやがった。

「うぅ〜っ…ふっ…ひっく…」

ぼろぼろとまた泣き始めたオトウトは俺を恨みがましそうに睨んでくる。

「…うっ」

だから俺そういうの苦手なんだって。泣くなよ…。

「ぐすっ…じゃ…どうしたら…ひっく、先輩は…オレのこと見てくれるの?」

ぎゅっとブレザーの裾を掴んでオトウトは言う。

「だからな…」

それは無理だ、と俺が言葉を続けようとしたらオトウトは何を言われるか分かったのか、うぅ〜と唸って自分の耳を両手で塞いでしまった。

それでもなお、俺を涙目で睨んでくるのは変わらない。

「……………はぁ」

俺は深いため息を吐きソファーに身を沈めると、オトウトの目をしっかり見据えて言う。

「わかった。一週間お前にやる。一週間で俺の気持ちを変えられたら付き合ってやる」

疲れた声音で告げればオトウトはパッと耳から手を放し、涙顔から一転、目をきらきらさせて喜ぶ。

「本当!?オレが先輩を落とせたら付き合ってくれるの?」

変わり身の早いオトウトに呆れながら俺はこくりと頷いた。

「絶対だからね!?」

「はいはい」

一人喜ぶオトウトを見ながら、ぶちまけた液体と瓶を片付けなきゃなと俺はぼんやり思った。



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